[書評]スタートアップ(原題「all in startup」)(ダイアナ・キャンダー)
2~3年前に日本でも言葉が出て来始めた「リーン・スタートアップ」手法に関して、ノウハウを解説したビジネス書。ただ、通常のビジネス書のように、実際の事例やCase Studyを織り交ぜながら手法を(やや抽象的な表現を使って)解説する類ではなく、小説テイストで手法を分かりやすく、かつ記憶に定着しやすく説明していくテイスト。
これは、2000年代にベストセラーになった「ザ・ゴール」と同じアプローチ。
Key Pointが結構削ぎ落とされたので、本の主旨は多くはなく、それが返って読後に非常にインパクトを残すことにつながっていると感じます。
STARTUP(スタートアップ):アイデアから利益を生みだす組織マネジメント
- 作者: ダイアナ・キャンダー,牧野洋
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2017/08/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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読もうとした目的・狙いはなんだったのか?
スタートアップ転職に向けた準備読書の第二弾。
スタートアップにおける事業化プロセスの理解と実践に向けた第一歩として本書をチョイスしました。また、大企業/メガベンチャーにいるとなかなか経験することのできないピボット(事業転換)の方法論についても、今後知っておくべきと考え先を見据えて、本書に臨みました。なお、同時に「リーン・スタートアップ」(エリック・リース著)も購入していたのですが、「スタートアップ」のほうが平易で読みやすそうで、理解したことの定着にまずは効果的だと思い、こちらから読むことにしました。
本書を一言で表すと。
冒頭述べたように、主張するリーン手法の論旨はとてもシンプルで、本書の序章「はじめに」でも述べている『4つの原則』が全てです。
その中の2つが、内容的には本書の主張の8割を占めています。
事業化に際してはいきなり商品やサービスを作るのではなく、顧客を見つけることと、その顧客が真に困っていること(本書では「偏頭痛」級と称している)に対する解決策をその後に商品化する、ということ。これを中古自転車オンラインサイトを起業した元コンサルのオーエンが、起業家でありエンジェルでもあるサムと出会った世界ポーカー選手権での勝ち上がりとともに、学びと実践を進めていくプロセスを著した、小説風ビジネス書です。
本気に起業を目指す人よりかは、ひょっとしたら企業にいながら近い将来起業をしたいサラリーマンのほうが読むと色々と気づきを与えられるビジネス書なのかもしれません。
章立て
はじめに
第1部 人はビジョンを買わない
第2部 仮説で勝負するのは危険
第3部 正解を知るのは顧客だけ
第4部 仮説を証明し勝負に出る
感じたこと・気づき
「はじめに」で冒頭から記されており、このブログでも前述したとおり、本書の要点はこの「4つの原則」に集約されているといっていいです。特に、原則①と原則②
原則①―スタートアップの目的は顧客を見つけることであって、商品を作ることではない
原則②―人は製品やサービスを買うのではなく、問題の解決策を買う
よくやりがちなプロセスとして、アイデアを思いついたら、商品作りとブランド(名称、ロゴ、サイト)作りをして、それから顧客を探し始める、というものがあるが、筆者はこれを「大抵は空振りの三振」「スタートアップ絶望のループ」と一刀両断する。
商品作りの前に、顧客を見つけ、その顧客の話に耳を傾け問題をあぶり出し、その解決策を見つけようというのが、本書で主張するリーン手法です。
と書くと、これらの原則自体は拍子抜けするほどシンプルであたりまえのように感じてしまうのですが、実際自分の周りで起業して会社を始めた人の話を聞いてみると、この絶望のループに陥っている人たしかにいるような気もします。やはり、起業したい人はまずプロダクト作りから始めたいものなのですかね…
この手法は会社に勤務しながら、新たにビジネスを立ち上げたい人にも効果的な手法です。世間での評と同様に、スタートアップはリスクを伴うものとしたうえで、会社を辞めたり財産をなげうって起業した後に失敗する事態を防ぐにも、実際にスタートアップを始める前に思いついたアイデアを、街に出て潜在顧客に話しかけ、仮説に同意してもらえるか調べて検証しましょうと諭しています。ここはサラリーマンとして勇気がもらえる示唆ですね。
これは同時に、起業してしまった人へのシビアな助言でもあります。「顧客がいるかどうかを見極めるまでは一切なにもしてはいけない」と。それは、商品名を決めることや、会社を辞めること、会社設立など、それら全てです。
ま、資金調達には、これらの仮説検証の結果が論拠としては必要な気もするんですけどね。
次に、検証する時のポイントとしては、下記が述べられています。
相手に自由に回答してもらえるようにオープンエンド型の質問をすること。
潜在顧客が積極的に時間と資金を投じて問題を解決しようとしていなければならない。つまり正真正銘のニーズが存在しなければならない。そうでなければ大した問題ではない。
インタビュー開始時に何かを売りつけるつもりはないとはっきりさせておくこと。そうすると潜在顧客は胸襟を開いて自分の問題を語ってくれる。
他にインタビューできる人がいるかどうか、必ず潜在顧客に聞いておくこと。
潜在顧客に痛みについて正直に語ってもらうこと。決して誘導してはいけない。
相手が座っているときにインタビューすること。歩いている人や立っている人と比べると、座っている人はより多くを語ってくれるし、より多くの質問にも答えてくれる。
などなど。
「顧客インタビューで成功するためのルール」として、それぞれ「何番目」のルールか説明されていますが、読み通して不思議に思うのが、結局いくつポイントがあって、本書で触れられていないポイントはいくつ残っているのか、ということと、なぜそれらには触れられなかったのか、という点です。
本書の大半、特に後半部では、上記の検証のしかたやインタビューのノウハウ解説に多くを割いていますが、そもそも検証すべきアイデアや仮説を作る部分については、前半(第1部の最終章)で少し触れる程度で解説されています。
アイデアを明確にするには、まず「顧客、問題、解決策について短く説明する」こと。かつ、具体的にも説明すること。特にこの中で重要なのは、問題の存在を証明することが始めに来るという点です。(しかも、偏頭痛級の深刻な問題)それが証明できて初めて解決策に進めるのです。そして、その存在証明に必要なのが、潜在顧客から実際に聞き出した言葉になります。つまり、アイデアを考え出した人の独力ではなにも検証できないということになります。
聞き役に徹する。
何が問題なのか自分の意見を押し付けない。
何かを売りつける営業マンのようには決してならない。
純粋に個人的な趣味から質問しているように振る舞う。
などなど、本書では何度も問題の存在証明のためのTipsが繰り返し説かれます。
ある意味これが本書の要旨全てであるといってもいいでしょう。
明日からのTo Do
ルールやノウハウは意外とシンプルな本書。
なぜ大企業やメガベンチャー(少なくとも私がいた会社)では、このようなアプローチが取られない傾向が多いのでしょうか。
個人的意見でしかないのですが、それは社内を説得するための判断材料として、リサーチデータやトラッキングデータなどの定量情報に頼りすぎるきらいがあるからではないでしょうか。あとは、潜在顧客などの不特定少数の消費者に個別に聞くのが効率が悪いとはなから思っているからではないでしょうか。
去年あたりからUX調査として、プロトタイプやローンチ直後のサービスを密室別空間にて、実際に触ったり使ってもらって、そのサービスの利便性や操作性を評価してもらう動きに取り組み始めたようですが、対象モニターの質的な面をみても圧倒的にものたりないと思っていました。
場合によっては、違う事業部の社員(内輪でないようで、事実上の内輪)にインタビューを行っていたケースなどもありました。その社員を集める時の、潜在顧客のターゲット層の特定もあやふやだったり、数を間に合わせるために許容度を低くしたりして、結果として質を落としていたと感じます。
圧倒的に外に出て、街に出て、潜在顧客に聞き込みをするというのが足りていない現状、そこにスタートアップ企業が労力をかける意味は有りそうですね。今月中旬から移る新天地では、こういう動きにもチャレンジしていきたいと思います。