[書評]起業のファイナンス(磯崎哲也)
そもそも会社を設立し事業計画を立てるというのはどういうことなのか、から、企業価値の算出法や資本政策、投資契約に関する基本的なお話、そして、ベンチャーのコーポレート・ガバナンスの成熟プロセスについて、広く全般的に解説している、いわば入門書。
大企業やメガベンチャーにいるとつい「遠くの世界のこと」になってしまいがちなトピックを、易しく説いていて、非常に勉強になりました。
読もうとした目的・狙いはなんだったのか?
実は、10月中旬に今いる会社を辞めて、スタートアップに転職することに決めました。
設立まだ3年程度で、でも、資金調達もしっかりしたベンチャーに移るにあたって準備しよう(ちなみに、所属部署は経営企画部門になる予定)、というわけではないのですが、そもそもベンチャーってなぜ資金調達が必要なのか、とかどうやって資本政策作るのか、など基礎的なことを知らなかったので、「起業家のバイブル」とか「ベンチャー企業人の必読書」と言われている本書を読むことにしてみました。
本書を一言で表すと。
第3章までは企画職に携わっていると新たな気づきは少ないと思われますが、第4章以降は、企業価値の算出の考え方とそれに基づく資本政策の作り方や、ストックオプションのそもそも論と税務上の留意点、普通株式と優先株式の違い方&使い分けに関する考え方、さらに投資契約とコーポレート・ガバナンス(取締役、監査役、etc)とまで、とにかく広範囲にわたる内容をこれほど平易に解説してくれるのか、とコスパ高い1冊。
ただ、逆に、M&A関連の仕事やってたり、スタートアップですでに経営企画にいる人などからすると、物足りないかも。(そんな方には、本書内でしきりに筆者が「起業のエクイティ・ファイナンス」を薦めてます。こちらも年末に読んでみようかと思ってます)
章立て
序章 なぜ今「ベンチャー」なのか?
第2章 会社の始め方
第3章 事業計画の作り方
第4章 企業価値とは何か?
第5章 ストックオプションを活用する
第6章 資本政策の作り方
第7章 投資契約と投資家との交渉
第8章 優先株式のすすめ
第9章 ベンチャーのコーポレート・ガバナンス
おわりに
感じたこと・気づき
各章で自分が赤線引いた箇所をピックアップし概要をまとめてみました。ほぼ、書き写しみたいになっていますが…(汗) 基礎的知識や概念を幅広に扱っていることもありかなりのボリュームですが、それなりの価格の本なので、実際買うかどうかの参考に役立ててもらえれば、と思います。
第1章「ベンチャーファイナンスの全体像」より
‐ベンチャーはお金を借りるべきではない。金利支払負担が大きいから。
‐投資家はキャピタルゲインを得るために投資をするが、EXITの方法は大きく分けて3つ。
1:上場 2:M&A 3:株式売却
‐2013年度時点でVCが1年間に投資する金額=718億円。これは、個人金融資産1600兆円の1/10,000でしかないまだ僅かな規模。ただ、これは少なすぎるというよりも、日本において1社あたり必要な調達額がまだ数億円程度でしかないせい。「イケてるベンチャーの卵」がどんどん出てくる必要有り。
第2章「会社の始め方」より
‐資本金は「債権者が資金を回収しやすくするためのバッファ」であり、資本金が大きいほうがいいという考え方は、銀行(債権者)中心社会におけるマインド。ベンチャーは株主中心社会なので、資本金が大きいことで会社や株主の得になることはあまり無い
⇒ゆえに、ベンチャー設立時は「なるべく資本金を減らせないか」と考えたほうがよい
‐設立直後の株主構成は大事。エンジェル等から普通株式で出資を募って、社長や安定株主の持株比率が低いと日本では上場が困難になることも。また、EXITできる可能性が小さいと見なされて、投資してもらう可能性自体小さくなってしまうことも。
最もシンプルな方法は、外部投資家の比率を低く、人数もごく少数にしておくこと。
第3章「事業計画の作り方」より
‐事業計画の全体構成。
Executive Summary/会社概要/外部環境/数値計画(損益、資金)/検討している資金調達の概要、資本政策
‐数値計画でよくチェックされるポイントは、「いつ、どのくらい利益が出るか?」「いつ、どのくらいの資金が必要になるか?」
‐資金政策の内訳は、
EXITをどうするか?/想定している企業価値の根拠/資金調達スキーム/株主構成(資本政策表)
‐どのくらいの目標を掲げればいいのか?
…上場を目指すと言って投資してもらえるハードルは、5~7年後に10~40億円程度の純利益が出て、上場時の時価総額が300~500億円程度の可能性がある事業
事業計画のツボは、将来の利益/キャッシュフロー/企業価値がどれだけ大きくなるか/いつごろEXITできそうか、という点。
‐銀行から借入れる時に作る事業計画は、「そのとおりにはならないかも」では困るが、ベンチャーというのは誰も見たことがないようなことを具体的に形にするのが仕事であるため、周りの人を巻き込もうと、事業計画の合理性だけでなく、そういう未来像が実現すると信じる力(=アニマル・スピリッツ)が根源にあることが必要。
第4章「企業価値とは何か?」より
‐「事業価値」=事業用資産の価値から、その事業で発生した負債を差し引いたもの
「企業価値」=「事業価値」に、事業に使っていない資産も加えたもの
「株主価値」=「企業価値」から、債権者から借り入れている有利子負債を引いたもの
※「株主価値」を株式数で割ったものが「株価」
創業期のベンチャーにおいては、この3つがニアリーイコールであることが多い。
‐企業価値の評価法
1:純資産法=企業価値を帳簿上の純資産で評価。会社の「過去」に着目した評価方法であり、未来の可能性で評価すべきベンチャーには適さない。
2:類似企業比準法=似ている企業・業種を参考に評価。ただし、注意する点が3つ。類似企業があるということは競争が激しいということ/数値に比例するのか?/他社の計数が入手できるかどうか
3:DCF(Discounted Cash Flow)法=企業に将来入ってくるキャッシュフローを、現在の価値に割り引いたものが企業価値だと考える。DCF法において重要な要素は「割引率(r)」
‐残余価値の考え方。事業計画は3年とか5年で区切って、その先は、一定のペースでキャッシュフローが成長していくと仮定して、「その時点での(つまり未来における)」事業の価値を算出。残余価値は、(1)最終年度のキャッシュフローが大きければ大きいほど、(2)また、割引率と成長率の差が小さければ小さいほど(=割引率が低く、成長率が高いほど)、大きくなる。
第5章「ストックオプションを活用する」より
‐日本の所得税法の原則では「モノやサービスをタダで受け取ったら、受け取った時の時価を所得と考えて課税する」。
‐ストックオプションは例外。「株式が取得できる権利」の課税は、「もらった時」ではなく「権利を行使した時」の時価で考えた所得に対して課税される
‐さらに例外があり、「税制適格ストックオプション」については、付与した時も行使した時も非課税で、売却した時に初めて課税される。
第6章「資本政策の作り方」より
‐創業者はお金が無いことが多いので、創業者の持ち分は一度薄まったら二度と高まることはない
‐企業価値を高めてくれる投資家なら持ち分が下がっても得とかんがえてよい。外部投資家の出資を受けるということは、その投資家が参加することによって企業価値が高まるかどうかも重要。投資家が一緒になって戦略を考えたり人材や取引先を紹介してくれたり、一緒になって企業価値を上げる努力をしてくれて実際に何倍も上昇するということになれば投資してもらったほうが良い。
第7章「投資契約と投資家との交渉」より
‐投資を受けるまでのプロセス
NDA締結 → タームシート締結 → デューデリ → 投資契約締結 → 投資実行
‐タームシート=どの程度の金額を投資して何%の持分が欲しいのか、どんな内容の投資契約が結ばれるのかについて、あらかじめ確認して進めるために書面におとしたもの。
‐投資契約の内容例
募集内容/表明・保証/取締役の指名/上場等の努力義務/株式の買取条項
その他に、先買権、拒否権、優先引受権、共同売却権 なども盛り込まれる。
第8章「優先株式のすすめ」より
‐「異なる種類の株式」の定める内容の内、優先株式に関わるものは以下の4項目
‐残余財産の分配を受ける権利=清算時に、債権者に債務を支払った残りの財産をどうするかについての権利
‐会社による取得条項(コールオプション)=EXIT時に、会社が取得条項を使って優先株式を取得し、代わりに普通株式を交付する
‐種類株主総会での決議事項=拒否権。この優先株式を持つ投資家は、創業者等が2/3以上株式を保有しているような場合でも、合併や事業譲渡などを使った買収を阻止できる。
‐役員の選任権
‐EXIT時に、創業者だけが儲かり、投資家が儲からないケースになるのを防ぐため、残余財産分配権に優先権を付けたり、「取得条項による普通株式への転換比率の調整」の条項が付いた優先株式で投資をする方法が考えられるケースも。
第9章「ベンチャーのコーポレート・ガバナンス」より
‐経営者と株主の利害が食い違う場合に「経営者が実行したいかどうか?」ではなく、「企業価値を高めるかどうか」で企業が行動するようにもっていくことがコーポレート・ガバナンス。
‐アメリカは、取締役会=「プチ株主総会」。取締役を、経営者から1名、投資家から1名、両者合意でもう1名、という構成にし、機密情報を少数名に開示しながらスピーディーに経営を進める。取締役会への権限委譲が進んでいる。
‐日本では、経営者のプロが少ないことも有り、従来のベンチャーのコーポレート・ガバナンスの形態は、
「取締役会非設置会社」 → 「取締役会+監査役」 → 「取締役会+監査役会」 と発展。
‐今後は社外取締役が2名以上確保できるならば、
「取締役会非設置会社」 → 「監査等委員会設置会社」 または、
「取締役会非設置会社」 → 「監査等委員会設置会社」 → 「指名委員会等設置会社」
といった発展の仕方が起きうるかも。
‐取締役会非設置会社…取締役会を設置せず社長ないし合計2~3名程度の取締役で意思決定。取締役ミーティング。(日本では、取締役会を設置すると、監査役会や監査等委員会を設置しなければならず、重たくなるので。)
‐取締役設置会社&監査役設置会社…昔の商法時代からの中小企業の標準的パターン。
‐監査役会設置会社…会社法上の大会社になると、監査役会の設置が必須。監査役会は1名以上の常勤監査役が必要、また、半数以上は社外監査役。この人材確保が難しい。
‐指名委員会等設置会社…監査役会を置かず、取締役だけでガバナンス。取締役によって「指名」「報酬」「監査」の3委員会を置く。かつ、各委員会メンバーの過半数は社外取締役。代表取締役はなく、代表執行役。
‐監査等委員会設置会社…監査委員会だけのバージョン。委員の人選・報酬は、株主総会にて他の取締役と区別して決定。
自分の気づきに関する記載は一切無し、ですね(苦笑)。
読む人の置かれている環境や、会社の成長ステージによって、業務上参考になるところと、そうでなくて単純に知識としてインプットしておくところ、が分かれると思います。私は、スタートアップに移る前なので、4章(企業価値)、5章(ストックオプション)と9章(コーポレート・ガバナンス)がすぐに身近なものとして必要性が高いと考え、興味深く読み進めました。これが、実際に入社後に経営企画部内でファイナンスに関わる機会に触れられるのであれば、6章(資本政策)、7章(投資契約)および8章(優先株式)をまた読み返すでしょうし、ひょっとしたら磯崎哲也氏の別著「起業のエクイティ・ファイナンス」も買う気が起きてくるのかもしれません。
第4章の企業価値については、DCF法の概念が解説されていますが、移る予定のスタートアップ企業が実際にどうやって価値算出されたかは、入社後に聞いたり調べてみたりしたいですね。そのプロセスを通じて、後追い的にDCF法の使われ方を学習できるのではないかと勝手に妄想しています。
第5章のストックオプションは税務に関する基礎知識や懸念点など、結構マニアックに解説されています。私は今、勤務する会社のストックオプションの未行使分を全て行使申請しようと毎日株価をチェックしてますが、所得税に絡む部分は、家計を預かる妻への説明に向けた知識整備としても必要なので、この章は本当助けられました(笑)。これが創業者・経営者側の視点で読むと、また読み方や感じ方も変わってくるのだろうと思います。
明日からのToDo
特にこれを読んで明日から◯◯をやってみよう!という気持ちになるものは無いのですが(汗)、次のスタートアップに移ったら、この本に立ち返って知識を再確認するような仕事にも是非取り組んでみたいと思います。(予定としては、事業開発・アライアンス担当なので。。)
というわけでは、本書は、起業したい人向けにも映る解説書兼入門書、というのがメインなターゲットかとは思いますが、スタートアップ企業の企画職に携わる(予定の)方々にとっても、企業の成長戦略をどのように描いていくかという仕組みを概念的に学べる機会を持てる良書だと思います。前述の各章概要を見て、興味がわいたら是非読んでみて下さい。